借悼 黒岩重吾
いつかはこのような本が出てきてほしいと思っていた。『このような』とは古代を舞台にした推理小説のことである。言うは易し。作者も多分ずいぶん苦労して書いたはずである。歴史的なことで調べやすいのは政治的事件である。推理小説となれば、舞台は結局名も無い庶民の暮らしがほとんどになる。まだまだ分からないことだらけの世界である。だからといって丸きり空想で書いてはリアリティが無くなる。古代小説の一人者である黒岩氏だから書けた物語であろう。婚姻形態はどうなっているのか。住居はみな一様に竪穴式なのか。戦争の影は村人たちにどのように影響していたか。人々の上下関係は。漢字の普及率は。商売はどのようにしていたか。信仰はどうだったのか。薬はどのようなものをつかっていたか。観察方法は。貧富の差はどのように現れていたか。衣服のバリエーションは。金の代わりの絹布はどのように使われていたか。都市から都市へ人はどのくらいの気軽さで動いたか。渡来系住民の意識は。これらのさりげない事をよく調べている、あるいは想像しているなあと思った。 『謎』のレベルは高くない。決して推理小説の傑作とは言いがたい。しかしこの分野の先駆けとしては記憶すべき作者であり本である。 この本を読み終えてしばらくして、黒岩氏の逝去を知った。最後の氏の作品群が古代の人たちの庶民の物語だと知って、私は「惜しい!」と思った。
文藝春秋
子麻呂が奔る (文春文庫) 斑鳩王の慟哭 (中公文庫) 落日の王子―蘇我入鹿 (下) (文春文庫 (182‐20)) 中大兄皇子伝〈上〉 (講談社文庫) 中大兄皇子伝〈下〉 (講談社文庫)
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